Youtube名演探訪シリーズ#4 - プロコフィエフ/ピアノソナタ第5番 改訂版(作品135)

久しぶりの更新です。初回の第8番に続き、こんどはプロコフィエフピアノソナタ第5番を扱ってみようと思います。

第8番の記事でも述べたとおりプロコフィエフピアノソナタで僕が一番好きなのは8番、その次が7番で、僕自身はプロコフィエフの最高傑作はこのどちらかだと思っています。ただ、同じく戦争ソナタ3部作に含まれる6番は、中間2つの楽章などは素晴らしいと思うのですが冒頭の主題があまり好きになれなくて、それよりは枯淡の境地とも言える9番と、中期の作品でありながらそれに似たものを感じる中期の5番を推したいのです。

この2曲についてはCiNii 博士論文 - セルゲイ・プロコフィエフのピアノ作品解釈に関する一考察 : ピアノソナタ第5番と第9番を巡ってという日本語の論文を見つけました。この論文で主張されていることは、僕自身はもちろん、5番や9番を好んで聴く人は皆どこかで感じたことがあるのではないかと思います。すなわち端的に言ってこの2曲はプロコフィエフの作品の中でもかなり「地味」な作品で、7番のような「打楽器的」なピアノ書法や、風刺的・前衛的な性格といったプロコフィエフステレオタイプと合致しないために広く知られていないのではないか、ということです。

しかしそのような先入観を捨てて聴けば、類まれなメロディーメーカーとしてのプロコフィエフのセンスは5番ソナタでも明らかですし、もっと聴き込めば6~8番にはない、言わばフランス的な(?)上品さが漂うこの曲独特の世界観が見えてきます(この曲を書いた当時のプロコフィエフは亡命してパリを拠点に活動しており、初演の場所もパリでした)。

この曲に関してもう一つ見逃せないのが、大幅な改訂を経て新たに作品番号(38→135)が付与された改訂版があるということです。全体の構成もかなり変わっているのですが細かい音の変更もなかなか興味深いです。

各楽章の紹介も兼ねて具体例を見ていきましょう。さっそく1楽章の冒頭付近からあります。

1楽章冒頭、作品38

1楽章冒頭、作品135

細かいですが、それでもはっきり音が違います。ちなみにですがこれを覚えておくと開始10秒で版の違いを判別できて便利です。

ところでこの第1主題、プーランクのフルートソナタの冒頭にどことなく似ていると思いませんか?プーランクプロコフィエフ、ルーツはけっこう違うと思うんですがそれにしては音楽の作り方がかなり似ている気がします。そのおかげかは知りませんが、前述の通りパリに滞在していたプロコフィエフプーランクとブリッジ仲間になるなど親しくしていたようで、プーランクオーボエソナタプロコフィエフに捧げられています。いい話だなあ。

第2主題は5連符の伴奏が特徴的なゆったりとした旋律です。特に再現部では絶妙な不協和音の響きが美しく、個人的には1楽章でここが最も好きです。この楽章で最も改訂が目立つのは展開部で、構造が全く違うというほどではないにせよ「つなぎ」のような部分がかなり変わっている印象です。詳しくは実際に聴いてみてください。

では2楽章に行ってみましょう。この楽章に関しては構成の変更はなく、小節数も変わりません。とはいえ、聴いていて「あれ?」と思うくらいの変更はそこそこあります。

2楽章冒頭、作品38

2楽章冒頭、作品135

まあなんか、けっこう違います。ここまで2例を見てきて改訂版のほうが臨時記号が増えている傾向があるのがわかるでしょうか。原典版が直線的あるいは新古典的なやや乾いた響きだとすれば、改訂版のほうが陰影に富んだ内省的な音楽になっている気がします。僕は改訂版のほうが好きなんですが、皆さんはどうですか?

次は3楽章で、これまた冒頭からあります。

3楽章冒頭、作品38

3楽章冒頭、作品135

違いますね。てかこれ、上の旋律は変わってないのに下だけガラッと変えてるんですよね。プロコフィエフの音楽にこうやって変える選択肢あるんだなというか、天才でも迷うことってあるんだなというか、とにかく面白いです。まあ改訂版が好きなんですが。

3楽章は全体的に最も改変の度合いが大きく、1楽章とは異なり主題部にも小節数の増減を含む大幅な変更が頻繁に施されており、展開も大きく変わっています。特に最後の方のPiu mosso以降は原典版にはなかった部分で、終わりまでこのテンポで突っ走るためかなり印象が異なります。

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Piu mossoになるところ

ところでこの音型、論文によると楽章冒頭の3~4小節目の縮小形と書いてあって、言われてみればたしかにそうなんですが、

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ペトルーシュカのこれにしか聞こえなくないですか?関連があるのかは知りませんが、あったら面白いですね。

この3楽章、大幅な改訂を経たとはいえ、やっぱりいまいち展開が物足りない感はあると思うんですよね。展開部っぽいところに入ったと思ったらいつの間にか再現してて(言葉遣いが違うかもしれませんが…)、いつの間にコーダで、もう終わり?みたいな。テンポはそこそこ速めですが、(単一楽章の1, 3を除く)他のナンバーの最終楽章と比べるとやはり分かりやすい盛り上がりに欠ける面もあり、この楽章の地味さが作品全体の地味な印象につながっているのかなあというのは何となく想像できます。それでも流れるような展開やほどよい不協和音は聴く者を楽しませてくれます。

楽曲紹介はこれくらいにして、聴き比べに移りましょう。前述の通り僕自身は改訂版が好きでそっちに慣れてしまったので今回の聴き比べは改訂版(作品135)だけを対象にすることとします。読者の皆さんにも改訂版をおすすめしておきます。ただし作品135であっても「作品38(改訂版)」的な表記になっていたりするので検索するときは気を付けてください。実際に聴いてみて確かめるのが一番確実です。

 

まずは楽譜付き演奏の紹介から。演奏はアナトリー・ヴェデルニコフです。

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1959年録音なので音はあまり良くありません。しかしそこまで高い録音の質を要求しないのもこの曲の良いところです。演奏の内容は全く申し分なく、古典的なセンスにあふれています。特に2楽章は硬質な刻みと自然に流れる旋律の描き分けが素晴らしく、必聴。結論から言うとこの記事で紹介する録音でこれが一番おすすめなので、面倒な人は先を読まずにこれだけ聴いて頂ければ構いません。

元音源(公式)はこちら。 

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次はOp.38(ボリス・ベルマン) とOp.135(ベルント・グレムザー)(15:57~)の聴き比べ動画です。といっても作品38は本記事の対象外なので、グレムザーのほうだけ扱います(ベルマンはOp.135も録音していて、これは後で扱います)。

この1楽章の第2主題を速くする解釈は(ほかにもいくつかありますが)聞いていて落ち着かないので個人的にそんなに好みではありません。まあ速くしない演奏に慣れてしまったということもありますが、せっかく5連符なんだからじっくりやればいいのにと思ってしまいます。

2楽章も、どちらかというとさっきのヴェデルニコフのように左手のテンポは揺らさず、アーティキュレーションをスタッカートで揃えるほうが好みかなあ。

www.youtube.com公式音源はこちら。

 

 

では、ここからは楽譜なしの音源を。

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全集をつなげた動画ですがなぜか最初に5番(Op.135)が入っています。やや古い録音ですが、音質も演奏もかなり良いです。ただ、細部がヴェデルニコフほど洗練されていない気がするので星4つにしておきます。

 

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★★☆☆☆

録音はまともですが、3楽章1:53~あたりにリッピングが原因とみられる音飛びがあります。演奏は、技術的にあまり余裕がなく、ところどころでリズムや音色のコントロールが甘くなっています。特に3楽章の最後のほうはいまいちです。2楽章も、意図的に遅い演奏というよりはやや間延びして聴こえます。

 

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★★☆☆☆

録音は問題ありません。これも1楽章の第2主題を速くするタイプの演奏。テンポ・音量変化のセンスがよくわからないのと、勢いにまかせて雑なところがあります。

 

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極めてデッドというか、至近距離から直接音だけ録ったような録音です。ピアノの雑音を多く拾っていて、あまり心地よい音ではありません。ミスタッチが少なく安定しており、演奏は割と良い方だと思います。ふつうの録音で聴きたかったですね。

 

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★★★☆☆

あまり特徴のない演奏ですが全体として悪くはないです。たまに細部が雑な気も。録音は良好です。

 

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★★★☆☆

けっこう癖の強い演奏で、細かい速度・音色の変化が多いです。わりと弾けているので面白いところもありますが、いきなり響きが途切れて不自然に聴こえる箇所もちらほら。さっきの「2楽章途中」の改変の箇所などはさすがにリズムが歪みすぎだと思います(カップリングの8番も聴いたのですが似たような傾向あり)。全体の完成度で見ると微妙ですが、ミスが少ないのとアイデアが豊富ではあります。

 

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★★★☆☆

ピアノソナタ全集から。冒頭からいきなりスタッカート気味の伴奏で落ち着かない感じがします。1楽章の第二主題が速く、他にも同じくらいの規模でまとめて速くなっているところがいくつかあります。全体に縦のリズム感よりは横の流れを重視しているような印象です。それがうまくハマっているのが3楽章といったところでしょうか。ミスは少なく、音色も綺麗だと思いますが、録音に関しては2楽章の冒頭などで顕著なようにピアノの打鍵音のような謎の音を拾っておりこれがかなり気になります。

 

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★★★★☆

これも全集から。8番のところで推奨盤のひとつに挙げたオフチニコフの演奏です。技術的には安定感があります。1楽章は比較的遅めのテンポでじっくり鳴らす感じで、もう少し流れてもいいのではないでしょうか。2,3楽章は普通かやや速めくらいのテンポで、キレがあってなかなか良いです。

 

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★☆☆☆☆

録音は直接音が大きすぎるような感じでいまいちです。演奏もやや凹凸が大きく、思いつきで適当に弾いているような印象を受けます。ミスタッチも多いです。

 

以下は、Op.38とOp.135が両方収録されています(余談ですが、そこまでする人というのはだいたい未完の10番の断片まで録音しているものですね)。

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★★★★☆

Op.38(既に紹介した楽譜付き音源と同一)の直後にOp.135が収録されています。録音はやや残響が多いものの良好です。技術はさすがに安定しています。2楽章のテンポはいい感じに遅いのですが、たまに中途半端にペダルが入るところが気になるかも?対して3楽章のテンポは速めです。最後の方で盛り上がるところはどうしてもうるさくなりがちですがこの演奏は綺麗です。全体に模範的な演奏といえるでしょう。

 

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★★★★☆

一方こちらは作品番号順ということで、9番よりあとにOp.135が収録されています。聴いた印象としてはオフチニコフに似ていて、変化は少ないほうです。全楽章とも比較的遅め。録音は基本的に良いですが、3楽章終盤の高音のffのところで、何か機材に共鳴しているようなノイズが入っています。惜しい。

 

これ以下は、Op.38と表記されているが実際にはOp.135になっているものです(逆はなさそうですね)。

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★★★☆☆

全体にテンポが速めで忙しない感じです。技術力は十分なのですが、(おそらくミスタッチではなく)譜読みの間違いが多くて勿体ないです。細部のセンスはまあまあかな。

 

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★★☆☆☆

これもPetrushanskyと同じくけっこう変化のある演奏で聴き疲れします。音量的にバランスが悪いと感じるところもあり、あまり高評価にはできません。

 

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★★★☆☆

必要以上に尖るようなところがなく聴きやすい音ですが、なよっとしているというか、テンポや音量が定まらないようなところも多い気がします。音のミスは少なめ。

 

まとめ

一番古いヴェデルニコフの演奏が素晴らしく、それを超えたと思える演奏に巡り会えませんでした。とはいえ、★★★★☆の演奏は十分にお勧めできます。中でも一つ選ぶならペトロフでしょうか。

技巧で有名な曲ではなくともやはり簡単な曲でもないようで、技術的な面で割と差が出る印象でした。とはいえ、もっと知名度が上がって一流の演奏家が次々に取り組んでくれるようになれば、必ず良い演奏が生まれるはずです。期待しましょう。