放出音と入破音のやりかた

はじめに

最近手軽なウケ狙いとして両唇入破音(りょうしんにゅうはおん)(後述)という子音がとても有能であることに気づきました。みんなにもやって欲しくていろいろと手探りでやり方を説明してみているのですが、あんまりできる人が増えませんでした。ネットで調べても、まともなやり方(調音方法)の解説がほとんどなかったため、自分で書いてみようと思った次第です。

放出音・入破音とは?

冒頭でも述べたように、子音の一種です。ただし、我々が比較的よく使う言語、すなわち日本語・英語・中国語・フランス語・ドイツ語・ロシア語などに存在する子音とは大きく異なる点があります。それは、この両者が「非肺臓気流機構の子音」であるということです。意味は文字通り、肺から出た空気を使わないで発音する子音、といったところです。

子音 - Wikipediaの一番下の表を見てみましょう。左側に「肺臓気流」の表があり、普通我々が使っている子音はたいていそっち側のものだけです。例えばそこにある「p」だったら両方の唇で破裂を起こして発音しています。それがこの表の見方です。正式な名前は「無声両唇破裂音」と言います(有声ならbですね)。巻き舌しても「キャー」とか叫んでも「シーッ」と口に手を当ててもそんなもの所詮は肺臓気流音、この表の域を出ないわけです。

その右側にある「非肺臓気流」の表。今回の我々の相手はこの表の中にいます。冒頭の「両唇入破音」は両方の唇を使う入破音ということになります。ちなみに吸着音はキスとか舌打ちといった類の音で、なんか発音していて楽しくないので今回は扱いません。いつも使っている子音と根本的に調音方法の異なる放出音・入破音を、一体どうすれば発音できるのか、これから詳しく見ていきます。

声門を閉じる

放出音・入破音を発音できるようになるためにはまずこの「声門を閉じる」ということを理解し、習得する必要があります。と言っても別に難しいことではなく、声門というのは実は声帯とほとんど同じ意味(場所)です。さらに、今(この文章を読む時)まで生きていて一度も声門を閉じたことがない人などいないと思います。あくまでそれを意識的にやってはいないというだけです。

声門の場所はすなわち声帯の場所です。我々が「のど」と認識できる一番奥にあります。試しに「あ」と何回か言ってみてください。「あ」の音が出る直前に、そのあたりで何か閉じたものが開く感覚があるはずです。それが声門です。実は、この閉じていた声門が開く音は子音として「声門閉鎖音(声門破裂音)」という名前が与えられています。つまり我々は普段「あ」の母音だけを出しているつもりでもその直前には声門閉鎖音という子音が入っているのです。ハワイ語などでは声門閉鎖音の有無で単語の意味が変わったりするらしいです。難しそうですね。

声門がどこかわかったら、この声門閉鎖音を練習しましょう。「あ」を何回か発音すると声門は開閉を繰り返します。このスピードをだんだん上げていきます。変な笑い声に聞こえるくらいまで行けば十分だと思います。出来たら今度は唇を「ふ」を発音するときくらいの形にして、「あ」を言わず(声帯を振動させず)に声門閉鎖音だけを素早く発音してみましょう。唇が声門が開いたときの息の勢いで揺れていれば正しくできていると思います。これも速くできるに越したことはないと思うので練習しましょう。

ちなみに声門閉鎖音の身近な応用としては口笛があります。口笛が吹ける人は口笛で同じ音を伸ばしながら声門閉鎖音を発音してみましょう。音が切れて聞こえると思います。通常の管楽器ではタンギングといってtの音、つまり舌と歯茎の閉鎖で音を切りますが、口笛はそれだと音が出にくいので代わりに声門閉鎖を使うことになります。

ところで、声門を閉じると全く呼吸ができなくなります。声門は気管のすぐ上にあり、そこを閉じてしまえば肺から鼻・口への空気の通り道は完全に塞がれます。そして、放出音・入破音は肺から出た空気を使ってはいけない音です。つまり、それらを発音する間は声門を閉じておかなければならないのです(入破音は厳密には違いますが)。

ここまで理解したら、いよいよ放出音・入破音の調音に進みましょう。

放出音

音として聞こえ方が面白いのは入破音で、そちら目当ての読者のほうが多い気がしますが、個人的には入破音より放出音のほうがはるかに簡単で、しかも入破音へのよい導入になると思うので先に解説します。少なくとも僕は、放出音はWikipediaの解説を見て発音例を聞いて1分練習するだけでできるようになりましたが、入破音は発音例を繰り返し聞いたり息を前向きに破裂させないようにひたすら頑張ったりして、満足にできるまで1時間くらいかかった記憶があります。入破音はできるが放出音ができないという声もネット上で見かけましたがおそらく少数派だと思います。

放出音 - Wikipediaによれば、「放出音は、調音点声門の二カ所で閉鎖を作って空気を閉じこめたのち、声門を上げて口腔内の気圧を上げると、外との気圧差で調音点での閉鎖が開放され、中から弱い外向きの気流が作り出されることによって発音される。」だそうです。全くその通り、完全に正しい解説なのですが、これだけ読んでできる人はこんなブログは読まないと思うのでもう少し丁寧に説明します。

まず、イメージをつかむため、両唇放出音 - Wikipedia と 歯茎放出音 - Wikipedia の発音例を聞いてみてください。記号の見た目通りpやtみたいな音だな、と思った人が多いと思います。実際、放出音の発音の過程は普通の閉鎖音(破裂音)とほとんど同じです。違いはただ一つ、破裂を起こすのに使っている息が肺から来ているかどうか、です。

普通のpを発音するときは声門を開けた状態で唇を閉じ、肺からの息の圧力に唇が耐えているのを開放することで「パッ」という破裂音が出ます。この「圧力」というのが放出音・入破音を攻略する大きなカギになります。

放出音では、声門を閉じた状態、すなわち全く肺からの息が出ない状態で、声門より上(口に近い側)の空間だけを使ってこの圧力差をどうにかして作り出し、(声門を閉じたまま)破裂音を出さなければなりません(なお、続けて母音を出すためにはそのあとで声門を開けなければならないので、母音を後に付ける場合は必ずさっきのWikipediaの発音例のように「プ あー」のような聞こえ方になります)。この「どうにかして」の部分が、多くの人が放出音を発音しようとしてつまずいている部分だと思われます。上のWikipediaの「声門を上げて」の記述がそれですね。

これが簡単にできるかどうかは個人差があると思います。おそらく「声門を閉じたままどうにかして口の中の気圧を上げろ」と言われただけでできる人や発音例を聞いただけでできる人もいると思いますが、そうでない人向けにこの記事を書いているので頑張って解説します。ただし僕自身ここはあまり苦労せずできてしまったので役立つアドバイスができないかもしれません。一番重要なところなんですが…申し訳ありません。

まず絶対に守ってほしいのは、意地でも声門を開けないことです。声門を開けてしまっては放出音の発音はできません。声門を閉じたまま唇を開閉するなど複雑な動きをしてみて、その間声門が閉じていることを確かめてください。あとは、あなたがもし男性ならば、放出音の発音時に声門の位置が喉仏で分かるので、喉仏を上げるよう努力するというのもいいと思います。あとはひたすら発音例を聞いて頑張ってください。

なんとなくできるようになったら、勢いよく、強い音が出せるようにすることも大切です。放出音で強い音が出ないようではおそらく入破音は発音できません。頑張って喉頭(喉仏)を鍛えましょう。鍛えるといったものの僕は特に鍛えていたわけでもないのに発音できるので、コツをつかむということが大事なんだと思います。毎日発音してだんだんうまくなるとかそういうものではない気がします。

ちなみに放出音を持つ代表的な言語としてはグルジア語が挙げられます。ქართული←こんな感じで文字がかわいいことで有名な言語です。

入破音

では、いよいよ最難関である入破音に挑んでいきましょう。入破音 - Wikipedia によれば調音方法は

喉頭より上部の調音点で閉鎖を作り、声門は声帯が振動可能な状態にする。喉頭を急激に押し下げると口腔内の気圧が低下し、声門の下の空気が上向きに流れ出て声帯を振動させる。同時に外との気圧差がある状態で調音点の閉鎖が開放され、外から弱い内向きの気流が作り出される。

ちょっと何言ってるのかわからない感じですが、合ってます。慣れるとこれだけのことを何も考えず一瞬でできるようになりますが、はっきりいって入破音の発音は相当難しいです。そして、発音例がこちら。両唇入破音 - Wikipedia 変な音ですね。最初聞いたときは結構な衝撃でした。パキスタンのシンド語やアフリカの諸言語で用いられるほか、ベトナム語などでも話者によっては出るようです。そういう音をウケ狙いとして使っていいのかどうかはよくわかりませんが…

さて、先ほど放出音の項で「圧力」がカギになる、と述べました。入破音の難しさは、この「圧力」の使い方が日本語・英語などにあるどの子音とも異なっていることにあります。普通のt,p,d,bなどの子音や放出音は全て口の内側の圧力が高まったのが解放されて破裂音が鳴ります。しかしなんと入破音では、口の内側のほうが圧力が低く、それを解放することにより外から空気が入ることで破裂音が出るのです。こんな発音、一体どうやって思いついたんでしょうか…

口の中の圧力を下げる、しかも非肺臓気流ですから、できることはただ一つ。放出音とは逆に、喉頭を下げて声門より上の部分の空間を広げるしかありません。また、放出音は発音する間は完全に声門が閉じていましたが、入破音ではそうではありません。発音例を聞いてみるとそれがよくわかります。ただし、外側から空気を入れようと思って息を肺で吸ってしまうのはダメです。正確には、Wikipediaにも記載の通り、喉頭を下げるときに声門が少し開き、そこから音が出始めるのですが、そんなことをごちゃごちゃ考えてもたぶん入破音はできませんし、考えなくてもできると思います。唯一、重要なポイントは、「喉頭急激に押し下げる」という部分です。急激でないとうまく入破音は発音できませんし、逆に急激に押し下げられさえすれば声帯が震え、自然なタイミングで声が出ます。放出音では、ゆっくり喉頭を上げていって空気をためてから破裂させても音は出ますが、入破音はそれと違い、ゆっくり喉頭を下げて圧力差を作っても自然な発音はできません(おそらく、Wikipediaに控えめに書いてある「無声の入破音」というのが出ているのではないかと思います)。

喉頭急激に押し下げる

まずは、唇の閉鎖などは後回しにして、この訓練をしましょう。これができれば入破音まであと一歩です。

放出音が正しくできていれば、喉頭を上に動かすことはできるようになっているはずです。では、口を閉じて、通常の状態から放出音を発音する直前の状態まで喉頭を上げ、そのあと再び通常の状態に戻してみましょう。上げた状態から戻したので、喉頭は下がっているはずです。これを何度か繰り返し、喉頭が上下する感覚をつかみましょう。それができたら今度は、口を閉じたままで、通常の状態から喉頭をさらに下げてみてください。舌の付け根が下に引っ張られて息苦しい感じになればOKです。

次に、それを急激にやってみてください。とにかく勢いが大事です。「ン」という短い音がして、その直後に喉の奥から空気のかたまりが上がってくる感じがあれば大丈夫です。「ン」の長さができるだけ短く、鋭い音になるように練習してみてください。この鋭さが入破音の成功率と完成度を左右します。

仕上げ

喉頭を急激に下げられるようになったら、唇だけを閉じて(「バ」をいうような状態にして)先ほどの「ン」の音を出そうとしてみて、「ン」の音が出た直後に唇を解放すれば、両唇入破音が発音できるはずです。あとはWikipediaの発音例と聞き比べながら、だんだん「直後」のタイミングを洗練させていきましょう。

終わりに

以上で解説は終わりです。できるまでの過程や大変さは人それぞれだと思いますし、どこかで詰まってしまう人もいると思うので、なにかわからない点などあればどうぞ遠慮なくコメントでお伝えください。