Youtube名演探訪シリーズ#2 - フォーレ/ヴァイオリンソナタ第2番

第2回は近代フランスの作曲家、ガブリエル・フォーレを扱ってみる。

ヴァイオリンソナタについては、1番のほうがロマン派的なわかりやすい作品で、フォーレの代表作の一つとして知られるが、1番やレクイエム、子守唄、『夢のあとで』はいずれも1870年代で、実はフォーレの有名な作品は初期のもののほうが多い。中期で有名なのはせいぜいペレアスとメリザンド、そして後期には広く愛好される作品は一つもないのである。

その理由はヴァイオリンソナタの1番と2番を聴き比べても明らかであろう。1番は和声が比較的単純で、そのぶん旋律の形も聴き取りやすく、所々にある意外性の高い転調はロマン派的情緒を感じさせて程よいアクセントとなっている。一方、1番の作曲から実に40年も経って書かれた2番は、転調の頻度と予測不可能性が大幅に増し、しかも書法は簡潔になるため、なんとなく聴いていると、特に耳障りなところはないのに理解もできないという、ある意味では訳わからない(ということはわかる)現代音楽を聴くより厄介な結果になる。その不思議さに惹かれてなんとなく聴き込むうちに良さに気づいた、というファンは多いだろう。僕自身、10回くらい聴いて楽譜を見るまでは1番のほうが好きだった。ヴァイオリンの演奏効果だけを聴いているとこの曲の良さは一生分からないだろう。

この曲は、多くのフォーレの後期作品と同様、明確な"聴きどころ"のようなものはあまりなく、頻繁な転調を支えるピアノ・ヴァイオリン双方の絶妙な音並び自体に芸術的価値がある。楽譜を見ると、CisからDesへのタイは当たり前という奇怪な異名同音転調、臨時記号の嵐で、ここからあの清純な響きが生み出されているのかと驚くことうけあいである。個人的には、古典和声の範囲を意図的に逸脱しているこの曲の、「綺麗なんだけど何かが足りない」感じが、天国のようなものを連想させるというか、超越的に聴こえるというか、人間が書いたとは思えない感じがする。1楽章展開部などはあまりにも調が落ち着かず、ほとんどワーグナーの無限旋律を思わせる箇所もある。

フォーレの唯一の弱点はコーダの盛り上がりで、曲に高揚感を与えるにはどうしても単純明快な和声が要るので、それを回避したい気持ちとの葛藤があったのだろうと察する。また、曲にあまり断絶を作りたくない作曲家なのでその点でも相性が悪い。結果として、テンションの上がるきっかけをつかめないで終わるようなコーダが多く、フランクのソナタ知名度で負けるのはそのあたりも関係している気がする。コーダ以外の部分の隙のなさは素晴らしく、静かに終わる2楽章などはまったく1音たりとも無駄がないと思わせる譜面の一つ。ぜひ一度は楽譜を見ながら聴くことをお勧めする。

以上のような観点から、聴き比べでは繊細な和声をどれだけ感じながら弾けているかを重視する。ソリストについては音程は大事だが特別な技巧は必要なく、過剰なポルタメントテンポ・ルバートフォーレの楽譜のシンプルさを消してしまうので減点する場合がある。ピアノもかなり重要で、和声への寄与でいえばヴァイオリンより大きいし、正確性はもちろん、"伴奏"にとどまっていないことを求めたい(ただし聴き比べ評価では便宜的にこの用語を使う)。

 

 

 

クリスチャン・フェラス/ピエール・バルビゼ

1953年(モノラル)と1964年(ステレオ)の演奏がある。この曲の参考にすべき演奏としては最も古い部類に属するだろう。

1953年

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録音 ★★★☆☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★★☆

総合 ★★★☆☆

録音はあまり良くなく、ピアノの調律も低い。当時としては技術レベルはそこそこ。1964年版よりポルタメントやルバートが多い。もう少しリズムに正確なほうが好きかな…音色は比較的均質で、全ての音にニュアンスをねじりこもうとしないあたりは時代を感じさせる。ミスもあり、より完成度の高い1964年盤があるのでおすすめ度は下がる。

1964年

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★★★

解釈 ★★★★☆

総合 ★★★★☆

当時はもちろん今でもかなりマイナーなこの曲をたった11年しか空けずに再録するというのは気合が感じられる。ミスも少なく、技術面は申し分ない。1953年とは違いテンポはかなり正確である。フェラスは断固として音にアタックをつけようとしないようで、細部にこだわりすぎない点は変わらない。ピアノは明晰で、さすがに名コンビと言われただけのことはある。

無駄がなく、曲の全体像をよく捉えており、半世紀経ったいまでも十分通用する演奏。

 

 

ダニエル・ギレ / ギャビー・カサドシュ

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録音 ★☆☆☆☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

こもったような音で、一聴して明らかに古い録音である。速めの演奏。技術面はそこまで悪くない。フェラスのものとは違い、アタックや音の切りなど細工が多いが、耳障りというわけでもない。ピアノはもう少し細かい音を聴かせてほしいかな…録音の問題かも。

 

ドン-スク・カン/パスカル・ドゥヴァイヨン

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 (8曲目~)

録音 ★★★★☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★★★★

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★★☆

総合 ★★★★☆

この曲はヴァイオリン(特にE線)の音色がピアノから浮きすぎると美しくないが、この演奏の音色は比較的理想に近い。NAXOSなので超一流の技術的完璧さはないが、全体的に無駄がなくすっきりしていて好感が持てる演奏。

 

アルテュールグリュミオー

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

美音などと言われるが、主張が強すぎてこの曲には合わないと思う。音程もいまいち良くない。ちなみにyoutubeにはないがガロワ=モンブラン/ユボーの演奏も同様。

 

シュロモ・ミンツ/イェフィム・ブロンフマン

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★★

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

最初に聴いたこの曲の演奏。この人も美音と言われ、よく言えば艶のある、悪く言えば油っこい音なのだがこの曲だと悪いところが出る気がする。音程は良い。ブロンフマンのピアノは上手いが、安定しすぎてかえって乾いて聴こえる気もする。

 

アリアドネ・ダスカラキス/ログリット・イシャイ

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 (6曲目~)

録音 ★★★☆☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★☆☆☆

総合 ★★☆☆☆

録音がややオフ気味か。ヴァイオリンはそう悪くないのだが、テンポが速めなのと、ピアノのノンレガート奏法のせいか、どうしても忙しないあるいは窮屈な気がしてしまう。 もう少し遅くしてミスタッチを減らしたほうが良い。

 

 

オーギュスタン・デュメイ/ジャン=ィリップ・コラール

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録音 ★★★★★

音程 ★★★☆☆

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★★☆

解釈 ★★★★★

総合 ★★★★☆

遅めの演奏で、個人的には好きなテンポである。情熱的だが、情熱の入れ方が曲の色彩をよく捉えている。ルバートは許容範囲ギリギリだがそこが良い。音程は、全体的に悪いわけではないのだが、2楽章の良いところで2箇所くらい完全に半音違う所があり残念。解釈としてはほぼ完璧なだけに惜しい。

 

 

ヨセフ・スーク/ヨセフ・ハーラ

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録音 ★★★★★

音程 ★★★☆☆

音色 ★★☆☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★☆☆☆

総合 ★★☆☆☆

音色が鋭すぎるし、音程も上ずっていて落ち着かない。表情の付け方も独奏の譜面の音高だけにとらわれたものに思える。

 

 

ジノ・フランチェスカッティ/ロベール・カサドシュ

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録音 ★★★☆☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

往年の名コンビである。技術面にあれこれ言うのは野暮というものだろう(評価は低くしてるけど…)。速めの演奏が好きな人には良いかも。調律が現代よりほぼ半音高いのでエンハーモニック転調する場所が違って聴こえて新鮮。

 

 

テディ・パパヴラミ/ネルソン・ゲルナー

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★★★

総合 ★★★★☆

強弱の付け方などが細部に至るまで神経質なほどで、この曲にかける並々ならぬ気迫を感じる演奏。その全てに賛同できるかはさておき、何も考えていないような演奏よりよほど聴く価値がある。3楽章の再現部の推移主題でピアノに主旋律を譲るときの音量など、聴いていて納得させられる箇所があちこちにある。1、2に比べて3がかなり速いなど、マクロな構成にもオリジナリティーがある。2楽章などで一部リズムが乱れる伴奏は少し残念なのと、強弱をつけようとしすぎて弓の動きが不安定になっている場所がたまにある。

 

 

Krzysztof Smietana / John Blakely

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録音 ★★★☆☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★☆☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★☆☆☆

カタカナ転写は調べても出てこなかった。ピアノと溶け合わない、好きじゃない音色の演奏。ヴァイオリンの方が近くに立っているように聴こえるような録音の仕方も個人的にはダメだと思う。あと、この曲の独奏譜面のオクターヴの使い方は褒められたもんじゃないが、だからといって音程が悪くてもいいわけではない。

 

 

ユディト・インゴルフソン/ウラジーミル・ストウペル

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録音 ★★★★★

音程 ★★★★★

音色 ★★★★★

伴奏 ★★★★★

解釈 ★★★★★

総合 ★★★★★

音程・音色・録音など申し分ない。ミクロな部分の解釈が素晴らしく、1楽章の第二主題直前で同じ音型が半音ずつ下がりながら3回繰り返されるところなどの色彩の付け方は驚くべきものである。10分近くある2楽章も、憂鬱の中に至高の美しさがある。第二主題の最後などはもう少しだけ盛り上がっても良い気がするが再現部との対比としては納得できるし、★★★★★は揺るがない。フォーレ愛好家なら絶対に聴くべき名盤。

 

ピエール・アモイヤル / パスカル・ロジェ

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録音 ★★★★★

音程 ★★★★★

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★☆☆☆

総合 ★★☆☆☆

よく知られたメンバーであり、技術的には問題ないが、このようなポルタメント・ルバートはいずれもフォーレ(の少なくとも後期作品)には過剰だというのが僕の個人的な感想である。とはいえピアノが案外音を間違えている気もする。そして独奏と音楽性が合っていないような気もする。

 

ピエール・アモイヤル / アンネ・ケフェレック

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録音 ★★★★★

音程 ★★★★★

音色 ★★☆☆☆

伴奏 ★★★★☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

さっきよりテンポが速い分、ルバートはマシである。だが逆に、強い音を出そうとしてかすれたようになってしまっている場所が多く、技術的に問題がある。伴奏はさっきのより良い気がする。

 

 

ルノー・カピュソン / ニコラ・アンゲリッシュ

 

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★★☆

総合 ★★★☆☆

 こういう録音はなんか現実感がありすぎて合わない体になってしまった。音がよく聴こえているとは思うんですが…。音楽的センスはまあまあだと思うが、後押し気味の音色が無駄な凹凸を作っているように感じるし、小規模なミスが多く詰めが甘い。3楽章冒頭とか…伴奏もちょっと音の間違いが多いんじゃないですかね。

 

ピエール・ドゥーカン / テレーズ・コシェ

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録音 ★★☆☆☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★★☆

解釈 ★★★★★

総合 ★★★★☆

1957年録音で、ノイズが多く音は良くない。しかし音色は堂々として厚く、細部の歌い回しにも情感がこもっている。展開部になると緊張感もあって飽きさせない。細かいミスはあるが曲を台無しにするような部分は少ない。録音が良ければ★★★★★だったかもしれない名演奏。

 

ジェラール・プーレ / ノエル・リー

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★★

音色 ★★★★☆

伴奏 ★★★★☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★★☆☆

テンポ感としてはインテンポなのにも関わらず、音楽の流れが悪く、何がしたいのかよくわからない。その場で譜読みをしながら演奏しているように聴こえてしまう。

 

 

樫本大進 / エリック・ル・サージュ

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★★☆

音色 ★★☆☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★☆☆☆

総合 ★★☆☆☆

1楽章など音を切ったり跳ねたりと装飾が多すぎて別の曲に聴こえる。鋭い音色も含め、この曲の演奏においてヴァイオリンという楽器の特性を前面に出しすぎるのは得策ではないと思うので評価できない。

 

 

ローラ・ボベスコ / ジャック・ジェンティ

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録音 ★★★☆☆

音程 ★★☆☆☆

音色 ★★★☆☆

伴奏 ★★☆☆☆

解釈 ★★☆☆☆

総合 ★☆☆☆☆

誰だか知らないが練習不足が露呈した演奏である。

 

Pierre Fouchenneret / Simon Zaoui

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録音 ★★★★☆

音程 ★★★☆☆

音色 ★★☆☆☆

伴奏 ★★★☆☆

解釈 ★★★☆☆

総合 ★★☆☆☆

ずいぶんと遠い録音である。音色・ヴィブラートの幅ともに好ましくない。

 

 

まとめ

イチオシはユディト・インゴルフソンの演奏である。次点でドンスク・カンとデュメイとフェラス新盤、音質が悪くてよければピエール・ドゥーカンもぜひお聴きいただきたい。マニア向けにはテディ・パパヴラミを挙げておく。

2022/12/22追記 最近考えが変わってきて、ピエール・ドゥーカンがイチオシな気がしてきています。音質は悪いですが素晴らしい演奏です。。音が清潔で綺麗。その他はあまり変わらず。インゴルフソンやドンスク・カンもやはりなかなかです。デュメイはやや下げたいかも。

他は有象無象。グリュミオー、ミンツや樫本なんかは知名度のある盤だが個人的には音色に難があると思う。それが気にならない人は音程などを参考に(あるいはただのリンク集として)見ていただければと思う。